小夏の家の近くのスーパーですき焼きの材料を買い、公園を横切っていると何処からか猫の鳴き声が聞こえて来た。立ち止まると鳴き声は一瞬やんで、また聞こてくる。細くて元気のない声。
「捨て猫やろか、死にそうな声やで」
ばあさんが声のする方に顔を向けた。
「ほっとき、見たら置いて行かれへんようになるから」
小夏がばあさんを制した。
「いや、でも普通の鳴き声と違うで」
小夏を無視してばあさんは鳴き声の方に歩いた。猫は植え込みの陰に隠れて震えていた。うす汚れたこぶし大の子猫。あまりにも小さ過ぎて、遠目だとただのぼろ切れにしか見えない。ばあさんが子猫を抱き上げようと手を伸ばした時、
「あかん、抱いたらあかん、抱いたら戻されへんようになる」
小夏の声に、びっくりしたばあさんは手を引っ込めた。
「行こ、このことは見んかったことにしよ」
小夏がばあさんの腕を掴んだ。
「小夏」
ばあさんがにっと笑った。
「なに?」
「バレンタインのプレゼントな、猫ってのはどう?」
小夏が目をむいた。
「圭吾さん、動物好きって言うてなかった?」
「言うてない」
「あのな、ちょっとだけ、この子が元気になるまででええねん。この冬過ぎたら一人でも生きて行けるやん、だからそれまでのほんの二、三ヶ月、面倒見てやってくれへんかな」
ばあさんのへらへらした半笑いに小夏が激怒した。
「何を言うてるんや、いっぺん拾った猫を二、三ヶ月でまた捨てる言うんか、そんな残酷なこと出来るわけないやろ。捨てる位やったら最初から拾わん方がましや」
小夏はばあさんを無視して歩き出した。
「小夏!」
「なに?!」
「うちはマンションで動物禁止やから、飼いたくても飼われへんねん」
「だから?」
「二人で一年ずつ飼うってのどう?一年やったら管理人に見つかっても人から預かってるって言えば何とかごまかせるし」
振り返った小夏が呆れた顔でばあさんを睨みつけた。
「あほ!」
「小夏、ちょっとだけ待って。ほら、あの猫弱ってるやん、見なかったことにしたくても見てしまったやん。このままほっといたら気になって夜寝られへん思うねん。とりあえずやな、一旦連れて帰って元気になったら里親を探すってのはどう?」
諦めないばあさんに、小夏が仁王立ちになった。
「ええ考えや、あんたが飼ってあんたが里親を探す分には何の問題もない。あんたのしたいようにしたらええ。ただ私を引き込むのはやめて欲しい」
小夏は取り合わなかった。 頭から湯気が出ている。ばあさんはなおも粘った。
「そんな冷たいこといわんと。ほら、あんたんとこは旦那もいてるからどっちかが家を開けても寂しがることないやん。猫にはめっちゃええ環境やと思うねん、なっ?」
ばあさんは小夏の顔を覗き込んだ。
「もう!そんなこと知らん。わからん女やな、うちはあかん言うてるやろ、ええ加減にしとき」
小夏が怒鳴った。ばあさんは手に持っていたスーパーの袋を足元にほうり出し、
「分かった。もうあんたには頼まん、猫は私が連れて帰る」
小猫の方に駆け寄り、ぐにゃぐにゃの子猫を抱き上げた。頬ずりしてやると子猫がばあさんの身体に顔を押し付けてきた。
「寒かったやろ、もう大丈夫やからな」
ジャケットのボタンをはずし、子猫を服の中にしまい込んだ。
「ふみちゃん、それでは電車に乗られへんで」
小夏がばあさんの背中に声を掛けた。
「タクシーに乗るからほっといて」
ばあさんが来た道を歩き出すと小夏が慌てて後を追った。
「分かった、分かったからちょっと待って、このまま喧嘩別れになるのは嫌や。とりあえずうちの家に連れて行って、お腹空かしてるやろうから何か食べさせてやって、それからのことは後で考えることにしよ」
小夏の言葉にばあさんの顔が輝いた。
「ほんま?あんたん家に連れて行ってええの?」
「まあ取りあえずや、寒さで震えてるし」
「わあ、ありがと。ほんまありがと。よかったよかった」
顔をくしゃくしゃにしたばあさんは子猫が抜け落ちないように左手でジャケットを支え、ほり出した買い物袋の前まで歩いた。袋を拾い上げようと右手をおろした時、小夏が袋を掴み取った。
「あ、ええよ、これ位持てるから」
びっくりしたばあさんが袋を引っ張った。しかし小夏は袋を離さなかった。両手に袋を提げて歩いて行く。
「ごめんな小夏、ごめんやで。小夏はほんま優しいなあ、だから好きやねん」
早足で小夏に並びながら、ばあさんは背の高い小夏を見上げた。
「まったく、調子がええねんから」
小夏が唇を突き出した。
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