ばあさんの威力  
 

 どこから見てもばあさんだ。しかし、ばあさんは自分でばあさんと思っていない。まだまだ若いつもりでいる。
 改札口で切符を入れたらピンポン音が鳴って扉が閉まった。
「何やねん」
 ばあさんは閉まった扉を足で蹴った。しかし扉は開かない。
「えいっ!えいっ!えいっ!」
 ばあさんは蹴り続けた。
「ちょっとちょっとおばあさん、何やってるんですか!」
 気が付いた駅員が大慌てで飛んできた。
「切符を入れたのに開かへんのや、このやろ」
 ばあさんは尚も蹴り続けた。
「ああ、蹴らないで蹴らないで、今確かめますから」
 駅員はばあさんの入れた切符を手に取り「ああ」と声を出した。
「おばあさんこれね、料金が足りないんですよ。そこに乗り越し料金の精算機がありますから、この切符を入れて足りない分のお金を入れて下さい。それからでないとここを通れないんですよ、分かりますか?」
 駅員が馬鹿を諭すように言った。少なくともばあさんにはそう聞こえた。
 ばあさんは顔をしかめた。
「何でや、いつもこの料金で行けてるのに、この機械潰れとんのと違うか」
「いえ、機械は正常です。昨年から運賃が改正になっているんですよ」
「改正?」
「はい」
「何で勝手に上げるねん」
「いえ、あの、値上げに関しましては新聞やテレビ、マスコミ等でその旨連絡させて頂いており、ご乗車の皆さんにはすでにご理解頂いております、はい」
 駅員はにんまり笑った。その笑い方が癇に障り、ばあさんはさらに眉を吊り上げた。
「皆さんて誰や、私は値上げの事なんか何も知らん。電車いうたら公共のもんやろ、公共のもんを簡単に値上げするいうのはどう言う事や、それでなくても世の中不景気やいうのに」
 大声で噛み付くばあさんにハタと駅員は考えた。ばあさんに言いたいだけ言わせて低姿勢で精算機に向かわせるか、払わないのならここを通さないと突っぱねるか、仁王立ちで興奮しているばあさんの顔を見ながら高速回転で考えた結果、
「じゃあ今日はいいですから、次からお願いしますね」
 ばあさんを横から通り抜けさせることにした。駅員に誘導されながら、
「値上げ値上げて、なに考えてるねん。公共のもんを値上げしたら他のもんまで芋づる式に値上げされることになるやろ。そんな事くらい分からんのか」
 ばあさんの怒りは治まらない。駅員は黙ったままばあさんが通り抜けるのを待った。
「あ、そうや」
 立ち止まったばあさんが振り向いて駅員に睨み付いた。
「あんた私のことをばあさんって言うたな、誰がばあさんやねん失礼な、他人のあんたにばあさん呼ばわりされる覚えはないわ」
「あ、いえ、ばあさんではなく、おばあさんと」
「なんやて、ばあさんに”お”を付けただけで丁寧語になってる思うとるんか。奥さんと言え奥さんと。日本語もまともに喋れんのかこの鼻たれのバカたれが」
 捨て台詞を残してばあさんは駅を出て行った。
「鼻たれのバカたれ」と言われた駅員はあんぐりと口開けた、去っていくばあさんの後姿を見送っていた。

 実はばあさんは普段はこの沿線ではなく地下鉄を利用しているが、この日は友達に会う為にいつもは乗らない私鉄に乗った。本当は運賃の値上げなどどうでも良かった。切符を入れて扉が閉まったとたん、料金不足だと気が付いていた。ただ、久しぶりに乗った私鉄電車の中で学生が数人大声で騒いでいたのと、向かいに座っていた若い女が人目もはばからず化粧をしていたのが不快で、腹が立って仕方がなかったのだ。
 何かに当たりたかった。だから行く手を阻んだ扉を蹴りつけた。その行為を咎めた駅員に喰って掛かった。とばっちりを受けた駅員には気の毒だが、大声を出した事でばあさんのストレスは大いに解消された。流行の歌を口ずさみながらばあさんは目的地に向かって元気よく歩き出した。