友達との待ち合わせ場所に向かって歩いていると、ふいに後ろから声を掛けられた
。右手にマイクを持っている。
「お急ぎのところ申し訳ありません、今、女性の趣味について取材中なんですがご協力頂けませんでしょうか」
ばあさんはびっくりして立ち止まった。テレビでよく街頭インタビューされている人の光景を見るが、自分に声を掛けられたのは初めてであった。
「はあ、何ですか」
ばあさんの返事に男は後ろを振り返った。男の後ろからテレビカメラを持った若い男が現れ、無言でばあさんの顔にレンズを向ける。異常に近い。ばあさんは妙にドキドキし始めた。
「あなたの趣味を教えて頂けますか」
マイクがばあさんの前に突き出された。
「えっ、あ、趣味ね、えっと野球を観ることかな」
「へえ野球ですか、今は野球の人気が低迷しているみたいですけど、球場に行かれたりするんですか?」
「球場には年に1、2回行ってました。夫が亡くなってからは行かんようになりましたけど」
「ああそうなんですか、縦じまのグッズなんか持っていらっしゃるんですか?」
「は?」
「縦じまの・・タイガースの・・・」
「タイガース?」
「はい。野球が大好きなんですよね」
急にばあさんは顔をしかめた。
「誰がタイガースのファンって言いました?」
「えっ、違うんですか」
「大阪の人間がみんなタイガースのファンと思ったら大間違いや。私は大昔からジャイアンツのファンや。V9の時も、王の715号のホームランも、長島が監督になって初めて優勝した時も、みんな観て来てる。私の歴史は巨人軍の歴史や。ちゃんと確かめてからものを言いなはれ」
ばあさんは口を尖らせた。興奮するとどんどん口が尖ってくる。ばあさんの態度に気を悪くしたのか、男がカメラマンをちらっと見て小さく首を横に振った。
それを合図にカメラマンがばあさんから離れた。
「それはそれはジャイアンツのファンの方でしたか、昔のように黄金時代が来るといいですね。今日は有難うございました」
男は不自然な笑顔を作ってばあさんから離れようとした。中途半端な切られ方をしてばあさんは気分を悪くした。
「ちょっと何やその言い方は。昔のようにってどういう意味や。今のジャイアンツは弱くて人気がないってか。あんたが趣味は何かって聞くから野球って答えたんやろ。勝手に人をタイガースファンにしといて犬を追い払うような言い方せんといてくれるか。全く失礼な男やな」
ばあさんの口撃に男の顔が赤くなった。
「いえそんな、犬を追い払うなんて滅相もない」
「言われた本人がそう思ったんやから、そうやろ。ほんま気分が悪い」
男は黙ってしまった。ばあさんはそんな男の顔を覗き込み、
「なああんた、私の事、このくそ婆あ、はよどっか行けって思ってんねんやろ、顔に出てるで」
口を歪めてアゴを杓った。男は二度びっくりして目を丸めた。
「いえいえ私どもは一人でも多くの方のご意見を頂きたいので、インタビューは出来るだけ簡潔にさせて貰っているだけです」
男の言い訳に、
「うまい事言いよって、年寄りや思って舐めてるやろ」
ばあさんは口撃を緩めなかった。
「いえ、もう、そんな滅相もない。私の言い方が気に触られたんでしたらお詫び致します。本当に申し訳ございませんでした。以後失礼のないように対処させて頂きますので、今日のところはこれでお引取り願えませんでしょうか」
男は深々と頭を下げた。形だけにせよ大の男に頭を下げられてはこれ以上噛み続ける訳にもいかない。
「ほんま、ええ加減な態度取っとったら承知せえへんで」
頭を下げている男のつむじに言い残して、ばあさんはその場を離れた。
「とんでもないくそ婆ぁだな、さっさとくたばってしまえ」
去って行くばあさんの後姿を見ながら、男は憎々しげにつぶやいていた。
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