一人の生活  
 

 ばあさんの名前は川瀬ふみ、72歳。長年連れ添った夫が三年前に他界した。葬式の日、斎場で骨を拾いながら、
「自分の人生もこれで終わった、この先一人でどうやって生きて行けばいいのか」
 あまりの悲しさに大声で泣きじゃくった。寂しくて眠れない日々が続き、夫を思い出す度に涙が溢れた。自慢だった黒髪も真っ白になってしまい、悲観に打ちひしがれる孤独の夜はあまりにも辛く、一日の24時間が恐ろしく長かった。
 しかしながら時の流れというのは不思議なもので、そんなばあさんも一年二年と経つうちに夫のいない生活にも慣れ、気が付けば一人の生活が当たり前になっていた。人に勧められて趣味に時間を預けるようになってからは、
「一人の生活って意外に楽チンかも」
 とまで思い始めていた。 夫がいる頃はそれはそれで楽しい日々であった。夫を疎ましいと思ったことは一度もない。公務員で真面目な夫は毎朝決まった時間に出て行き、決まった時間に帰って来る。決まった時間に風呂に入り、決まった時間に床に就く。判で押したような毎日だったが、ばあさんはそんな生活が嫌ではなかった。
 夫が仕事に行っている間、自分も近くの缶詰工場で働いた。仕事の帰りに市場に寄って食料を調達する。夫が帰ってくるまでの短時間に食事の支度をし、その間にも手際よく掃除と洗濯をこなした。夫の為に何かをするという事に疑問を感じた事もなければ負担に思った事もなく、むしろそれが生き甲斐でもあった。 
 夫は休日になるとよく外に連れ出してくれた。それは映画館であったり娯楽場であったり、大好きな野球場であったりもした。子供が出来ないことに劣等感を持っていた妻に、
「子供だけが人生やない、楽しい夫婦生活が送れればそれでいいやないか」
 夫はそう言って慰めてくれた。夫の優しさに包まれ、永遠の別れがくる日までばあさんは夫を愛し続けることが出来た。
 そのばあさんが今、一人で溌剌と生きている。近くの畑で家庭菜園を始めてからは益々忙しい日々を送るようになった。夏場の水やりは一日も欠かせない。都合で水をやれない時は前日に菜園仲間に頼んでおく。菜園仲間と話をするのも楽しみの一つだった。午後からは週に一度のペースで市営プールに出かけ、適当に体を動かしながら、うだ話に興じるのがこれまた楽しい。
 プールに行かない日はデジカメを携えて近くにある植物園を散策する。雨の日は本を読んだりビデオを見たりして体を休める。決して無理をせず、自分のペースで移り行く季節を満喫していた。