初デート  
 

 さらに数週間が過ぎ、店は順調な売上げを見せていた。
「いいスタッフに恵まれてよかった」
 香織の言葉に、
「店長の力量ですよ」
 小沢がすかさず持ち上げた。この状態が続いて欲しい、康祐は思った。十二月の勤務ローテーションで、一週間後の水曜日に休みを取ることが出来た。電話で和音の都合を確かめると、
「嬉しい!」
 元気な声が返ってきた。約束をしたものの大阪の地理は全く分からない。店に戻ってスタッフの女性に遊びのスポットを聞いてみた。
「どんなとこがいいんですか?」
「広々としてて、海が見えれば尚いいかな」
「じゃあ、天保山ハーバービレッジなんかどうですか?海があって、海遊館があって、ファッション関連の施設があって、お勧めだと思いますけど」
「海遊館?」
「水族館ですよ」
「ああ、そうか」
「デートですか?」
「いや、知り合いがくるもんで」
 ちょっと言葉を濁した。
 約束の水曜日、待ち合わせ時間丁度に和音はやって来た。通りに出てタクシーを拾う。平日にも関わらず天保山周辺は混雑していた。タクシーを降りるとすぐ前に海が開けていた。
「わあ、海だ」
 和音が嬉しそうな声を出した。すぐ前に大きな観覧車があり、左手前方に羽を広げたような海遊館の建物があった。
「あれが海遊館か、よし、あそこから行こう」
 二人並んで海遊館まで歩いた。入り口を入ってすぐにトンネル型の大水槽「アクアゲート」があった。そこを潜り抜けてエスカレーターで最上階まで上がり、らせん状のスロープに沿って各水槽を巡って行く。
 館内のあちこちで幼稚園や小学校の団体が先生に連れられて大移動しており、世界最大の魚ジンベエザメが立ち泳ぎでエサを食べる姿に歓声を上げていた。
 海遊館の人気者であるイルカやマンタ、ラッコやコツメカワウソなどを観て歩き、二時間近くかかって出口に到達した。
 外に出て少し歩くと入り江にサンタマリアと書かれた観光船が停まっていた。コロンブスがアメリカ大陸を発見した時の船の名前で実物の二倍の大きさで復元されている。船の横を通り過ぎ、海からの風を受けながらハーバービレッジをゆっくり歩いた。
「広くて気持ちいいね」
 海に沿って歩きながら再び大観覧車の前まで戻って来た。
「観覧車か、乗ったことないなあ、話のネタに乗ってみようか」
 康祐がてっぺんを見上げると、
「乗らないよ」
 和音が一蹴した。
「なんで」
「男と女が観覧車に乗るのは恋人同士だけよ」
「そんなことないだろ、夫婦だって友達同士だって乗ってるよ」
「人のことは知らない、でもあたしは乗らない」
 取り付く島がなかった。拘りでもあるのかな。和音の後姿を見ながら康祐は首をひねった。
 海からの風で冷えた体を温める為にすぐ横の建物に入った。ファッション関連の施設で、ウェアやグッズ、雑貨などの店が多数点在している。うろうろ見て回っているうちに歩くのが面倒になった康祐が何か食べようと言い出した。そういえば昼に軽くサンドイッチを食べたきりだった。食べ物屋を探して歩いていると串カツ屋の前で和音が立ち止まった。入り口からじっと中を覗き込んでいる。
「ここにする?」
 康祐の問いかけに和音が無言で頷いた。串カツは自分で揚げるようになっていて食材すべてに長い串が刺してあった。隣の席からカツを揚げるジュージューという音が聞こえてくる。
「父が蒸発する前にね、家族で串カツを食べたの」
 串を油の中に入れながら和音がボソッと言った。
「なんで串カツなのか分からないんだけど、外で食事をするなんて滅多になかったから嬉しくて。串カツってこんなに美味しいんだって感動した。でも父は店を出るとそのまま何処かに行ってしまって、それきり帰って来なかったの。そのすぐ後から借金取りが押しかけて来てね、お母さんが夫は行方不明ですって追い返してたけど、お母さんが父を逃がしたんだって後でわかった。何ヶ月か経って父から書留が来てさ、封筒を抱きしめながら泣いていたお母さんの姿が今も忘れられない」
 揚がった串カツを頬張りながら、
「美味しい、あの時とおんなじ」
 感慨深げに串の先を見つめた。
「借金って、そんなにあったの?」
 康祐が訝しげに和音を見た。
「わかんないよ、私には何も言ってくれないもの。ただ父が誰かの保証人になって、何年もその返済に追われてたって親戚の人が話してた」
「お母さんは今どうしてるの?」
「元々体が丈夫じゃなかった上に無理が祟って、父が蒸発して二年後に死んじゃったの。子供は親戚の家にバラバラに預けられて、あたしが預けられたのは八百屋なんだけどね。そこん家の子は学校から帰ると習い事に行んだけど、あたしは店の手伝いなの。学校に行かせて貰って、ご飯を食べさせて貰ってるんだから手伝いをするのは当たり前なんだろうけど、あの時はまだ小学生でさ、毎日がすごく辛かった。家族で遊びに行く時もあたしだけ留守番、服も靴も鞄も全部そこん家の子のお下がりで、早く大人になって家を出たいってずっと思ってた」
 昔を振り返り、和音はため息を付いた。
「お父さんは?」
「何処にいるか分からない、もう生きていないかも」
「寂しいね」
「そうでもない。引っ越してからは親は常にぴりぴりしてて家族団欒なんてなかったから、いなくなっても寂しいとか思わなかった。兄二人とも仲が悪かったしね」
 経済的に恵まれないということが必ずしも家族同士の思いやりを奪い取るとは限らない。お金が無くても互いを支え合い、充実した暮らしをしている家族はいっぱいある。和音の家族は優しさを分け合う余裕もない程の心貧しい暮らしをしていたのだろうか。
「小さい頃からずっと貧乏生活を送ってきていると、心まで卑しくなるのよね。誘拐を持ちかけられた時がいい例だよ。誘拐なんてとんでもないって思ったのに、一千万円やるって言われて結局やっちゃったんだもんね。本当に嫌なら絶対に断われるはずだもん。心の卑しさがあんな事をさせたんだと思う」
 和音は卑屈に笑った。そんな和音を見るのは嫌だった。
「あの時の話はやめよう、後ろを見て後悔しても始まらないよ。これからの人生の方が大切なんだからさ、前を見て歩けばいいじゃん。一生懸命生きていればきっといい事に出会えると思うよ」
 康祐の言葉に返事が返ってこない。恵まれた環境で育った人間に通り一遍等な正論を吐かれたくないと思ったのかも知れない。
「ごめん、偉そうだよな俺」
 康祐が生きて来た24年と和音の生きて来た31年はあまりにも違いすぎる。あの日、時沢から逃げる車の中で二人が共有した数時間でさえ、逃げるという目的は同じでもその内容も立場も違っていた。
「別に謝ることないよ、康祐さんの言う通りだもん。あたしと康祐さんは育ってきた環境が違うから考え方が違ったって当り前、見た目だけをとっても全然違うしさ」
「見た目なんか違わないよ」
「違うよ、康祐さんは血統書付きのブランド猫。あたしはその辺でうろうろしているお腹の空かした野良猫。毛並みも輝きも違うのよ」
 和音のいじけた考えに康祐が苦笑いした。
「和音さんさ、なんかひがみっぽくない?いびつに曲がってる。ひねくれ婆ぁみたいだよ」
 ひねくれ婆ぁと言われた和音は、
「ひねくれ婆ぁで結構だわよ」
 口を尖らせて横を向いた。
「あのさぁ世の中にはさ、和音さんより不幸な生い立ちの人いっぱいいるよ。でもそれに負けずに頑張っている人もいっぱいいるわけじゃん。人生ポジティブに生きなきゃ損でしょ。俺みたいなガキ相手にぐちぐち言って自分のプライドを無くしちゃダメだよ。金があるのが偉いのかって啖呵を切ればいいじゃん。眉間に皺を寄せて悪態をついてるとみるみる老けちゃって年相応にも見られなくなるよ」
 康祐の言葉に和音の目が大きくなった。
「むかついた?」
 康祐の問いに答えない。
「あ、大変だ揚げ過ぎ、和音さんほら揚げ過ぎだよ」
 2本の串が油に浸かり過ぎて黒くなっていた。康祐は慌てて串を上げ、和音の皿に乗せた。
「ちょっと、こんなのを人の皿に置かないでよ」
 串を掴んだ和音が康祐の皿に置き換えた。黒くなった串カツは康祐の皿の上で申し訳なさそうに縮こまっていた。 仕方なく口に入れた康祐が思わず顔をしかめた。
「苦い!それに硬い!」
「もったいないから全部食べてよね」
 新しく油に入れた串が音を立てていた。
「くそっ」
 顔をしかめながら2本の串カツを食べた。
「その串カツの味ってさ、今のあたしの気持ちだよ」
 苦くて硬くて見た目も悪く、アピールする要素がまるでない。そのまま捨てられてしまうのがオチだ。”なるほどな”。何となく言いたいことは分かった。
「はい、口直し」
 新しく揚がった串カツを康祐の皿に乗せると、
「喧嘩はやめよう、折角の食べ物がまずくなっちゃう」
 和音が表情を柔らげた。喧嘩じゃないんだけどな、康祐は思ったが口には出さなかった。食事を終えて外に出るとすっかり暗くなっていた。
「カラオケでもいこうか」
 時計を見ながら康祐が振り返った。
「あたし音痴」
「え?」
「前に言ったでしょ、音楽家だった父親が娘に和音なんて名前をつけたのはいいけど、残念なことに音痴だったって」
「ああ、思い出した。でも自分で音痴って思ってるだけなんじゃないの?」
「そうなんだってば。小学校に入って初めての合唱大会で、和音ちゃんなるべく小さな声で歌ってねって先生に言われたのよ」
「声が大き過ぎたんじゃないの?」
 康祐が首を傾げると、
「違うって、音痴だからよ。それ以来人前では絶対に歌わなくなった」
 和音がアヒル口で応戦した。
「じゃあ、今日僕が確かめてやるよ」
「いやよ、行きたかったら一人で行けば」
 康祐の周りに音痴の人間はいなかった。音痴と呼ばれる人の歌を聞いてみたいと思った。しかしこれ以上言うとまた切れられそうで、しつこくするのは止めた。
「じゃあ取りあえず町ん中出ようか」
 7時を少し回っていた。
「あ、あたし今日はこれで帰る」
「え、なんで、まだ怒ってるの?」
「そうじゃないの、クロちゃんのことが気になって」
「クロちゃん?ああ、えさの時間か」
 8時に店にやってくる黒猫が気になるのかと、ちょっとがっかりした。しかし無理に引き止める事は出来ない。動物は無垢だ、嫌味を言ったり嘘をついたりしない。裏切ることもなければ恨みを持つこともない。今の和音にとっての安らぎは猫を眺めている時なのかも知れないと思った。
「怒ってないから」
 タクシーの中で和音がボソッと言った。
「反対に良かったって思ってる。自分の為に何かを言ってくれる人って今までいなかったから」
 小さく息を吐いて窓の外に目を逸らした。何か思うところがあるのだろうか、それっきり黙ってしまったので康祐も無理に話しかけることはしなかった。
 案の定、店に着くと黒猫がシャッターの前で座っていた。タクシーから降りる和音を振り向いて見ている。
「今日は有難う、楽しかった」
 礼を言うなり店に向かって駆け出して行った。シャッターを上げながら猫に何やら話しかけている。黒猫が和音を見上げてみゃーと鳴いた。これから黒猫と和音の時間が始まるのか。店の中に駆け込んで行く和音を見届けてから、
「すみません、出してください」
 運転手に声を掛けた。

 数日後、和音に電話をしようと携帯を開いたとたん、呼び出し音が鳴った。登録されていない番号。
「あ、康祐さん?和音です、この間は有り難う」
 元気のいい声が聞こえてきた。
「ああ、和音さん、今電話しようと思ってたんだ。ここんとこちょっと忙しくて電話出来なかったから」
「もうすぐクリスマスだもんね、忙しいの分かってるから気にしないで。実はさ、親しくしている店のお客さんが携帯を買い換えるって言うんで譲って貰ったの。携帯持つの久し振りで、ちょっと嬉しくて電話しちゃった」
「ああ、そうなんだ、じゃあこれからは時間気にしなくて掛けられるね」
「さっきね、黒猫のストラップ買ったの」
「おお、クロちゃんストラップか」
「そのクロちゃんなんだけどね、昨日初めて触らせてくれたの。ご飯食べてる時にそっと背中撫でたんだけど怒らないの、ちょっと感激しちゃった。これから毎日触ってやるんだ」
 嬉しそうであった。和音の笑い声は康祐の耳に心地よく響く。
「僕はまだ無理だろうな」
「当たり前よ、あたしでさえ一年以上かかったんだから」
「あいつってオスなの?」
「うん、男の子よ」
「そうか、ライバルなんだ」
「えっ?」
「いや、良かったじゃん、猫は触らせてなんぼだよ。ここに来て自分が猫ってことに気がついたんじゃないか」
「うん、そうね、楽しみが増えちゃった。またクロちゃんを見に来てね、今度来た時は抱っこ出来てるかもよ。じゃあね」
 用件を言い終わると切れてしまった。自分に会いにきてね、ではなくクロちゃんを見に来てねと言われた。仕方ないか、一年の差は大きい。携帯をたたみながら思わず苦笑いした。
 クリスマス前に落ち込んだ売上もクリスマス本番で盛り返し、香織も小沢も胸をなで下ろしていた。チェーン店すべて年中無休ではあるが、正月の三が日だけは全店休業になる。夜遅く母から電話があり、正月には帰るように言ってきた。帰れたら帰ると曖昧な返事をして電話を切った。切った手で和音に電話を掛けた。
「はい」
 どんよりした声。一瞬、押し間違ったかなと思った。
「あの」
 次の言葉をためらっていると、
「康祐さん?ごめん、ちょっと風邪引いちゃって元気ないの」
 かすれた声が返ってきた。
「いつから?」
「昨日から」
「熱あるの?」
「少し。なんかね、節々が痛いの」
「仕事は?」
「出てる、一応薬は飲んでるんだけど、そんなすぐには効かないし」
「ご飯食べてる?」
「うーん、食欲ない、風邪って辛いものだったんだね。十年以上風邪なんて引いたことなかったから風邪の辛さ忘れてた」
「医者に見せなくていの?」
「風邪くらいで医者には行けないよ」
「そうか、じゃあ今日は早く寝たほうがいいね」
「明日さ、朝のおばさんが通しで出てあげるから休んでいいよって言ってくれたの。一日寝てれば多分良くなると思うから治ったらまた連絡するね」
「ああ分かった、無理をしないようにね」
「うん、ありがとう、じゃあ」
 耳元から和音の声が消えた。
 翌日、仕事が終わってから、あさひクリーニングに向かった。店に着いて和音に電話をすると、
「ああ、康祐さん、こんばんは」
 思ったより元気な声が返ってきた。
「今、店の前にいるんだけど」
「えっ、店の前?一寸待ってね」
 バタバタと階段を下りる音が聞こえ、シャッターが上がって、携帯を持ったままの和音が顔を出した。化粧気のない顔がいつもより白く見えた。
「迷惑かなって思ったんだけど、ちょっと気になって」
「心配かけてごめん。今日は夕方まで目が覚めなくてね、でも起きたらすごく楽になってた」
 和音の後ろをついて二階に上ると、いつものテーブルの上に市販の風邪薬とアンプルが置いてあった。
「寝てなくて大丈夫?」
「もう平気、薬なんて滅多に飲まないから、よく効いたんだと思う」
「そうか、よかった。これお見舞い」
 駅前で買った花の包みを渡した。
「わあ、有難う、花を貰うなんて初めて」
 和音が嬉しそうな声を上げた。コーラルピンクのバラが5本、まだ蕾だ。
「あ、でも花瓶がない、どうしよう」
「コーヒーの空瓶とかないの?」
「空き瓶?あっ、そうだ!」
 冷蔵庫の扉を開けて取り出したのは500ミリリットルの緑茶のペットボトル。残っている緑茶をコップに移し入れ、ハサミで少し口を切ってバラを挿した。
「綺麗ね、ピンクが好きなの?」
「優しそうだったから」
「そう言えばピンクのバラの花言葉って、気品とか上品とかそんな感じだったよ」
「へえーそうなんだ」
 以前、テレビで女優が言っていた。
「女は花を貰うと誰でも無条件に喜ぶ、そんな勘違いをしている馬鹿な男が多い」と。
 花屋の前でどうしようかと迷った。実際花など買うのは初めてだった。和音の喜んだ顔を見て買って良かったと思った。
「和音さんお腹空いてない?来る道で弁当買って来たんだけど」
 言いながら部屋の入り口に置いたビニール袋を引き寄せた。
「空いてる、ずっと寝てたから殆んど食べてないのよ。さっきクロちゃんに缶詰あげて、自分も何か食べようと思ってたところ」
「よかった、じゃあ一緒に食べよう」
 和音がボトルからコップに移したお茶を持って来た。 口をもぐもぐさせながら和音の食べるペースが早い。食欲旺盛な和音を見て康祐も安心して食べ始めた。
「正月なんだけど、どこか行く?」
 康祐が尋ねた。
「行くわけないよ。毎年テレビ見てだらだらしてる」
「じゃあさ、初詣出に行かない?」
「家には帰らないの?」
「お袋は帰れって言うけど、帰っても何があるわけでもないしね」
「わあ親不孝、あたしなんか会いたくても会う人なんかいないんだから」
 和音が頬を膨らませた。
「一月の半ばにさ、妹がピアノの全国大会に出るんだ。そこで優勝すれば世界大会に出場出来るんだけど、その大会の時に帰ろうと思ってる」
「そうなんだ。そう言えば前に言ってたね、妹さんピアノが得意だって」
「今、音大に通ってるんだ」
「そっか、あのさ、音痴でも楽器とかだったら大丈夫なのかな」
 弁当を食べる康祐の手が止まった。
「小学校の時、リコーダーとか鍵盤ハーモニカとかやらなかった?」
「ああ、リコーダーはやったことがある。でも合奏になるとタンバリンとかシンバルとか、そんなのをやらされるのよ。タンバリンはまだましだけどさ、シンバルって物凄く暇なのよ、最後の方でバーンって一、二回叩くだけ、やったことある?」
 和音の顔をまじまじと見た康祐が、ぶっと吹いた。
「なによ」
「いや、人間誰でも苦手なものってあるしさ、音楽なんて出来なくても何のマイナスにもならないよ」
「えーっ、なんかその言い方、気分悪い」
 口を突き出す和音に康祐は声を上げて笑った。食後のコーヒーを飲みながら気が付けば終電近くになっていた。
「いけない、帰らなきゃあ」
 階段を下りる康祐の後ろから和音が続いた。
「じゃあまた電話するよ、体に気をつけてね」
 和音に見送られて店を出ると、少ししてシャッターの下りる音がした。振り返るとサンダルを履いた和音の足元が消えるところだった。