オープンに向けて  
   程なくオープンの日がやってきた。代表である菱木忠雄、幹部二人、取引関係者数名、店長の香織、小沢と康祐、派遣会社からのスタッフ、それぞれが緊張の面持ちで開店の時を待っていた。
 店の真ん中の円筒型のショーケースには、デモンストレーション用に一億円のダイヤのネックレスが飾られていた。開店と同時に入って来た客が一際目を引くショーケースの前で立ち止まり、その輝きに目を凝らす。
 時間の経過と共に案内状を手にした来客が増え、各ポジション応対に追われる賑わいを見せ始めた。空調がフル回転され程よい室温の中、用意された特別価格商品がゆっくりはけていく。予想された集客を超える盛況さに、幹部二人は満足気であった。中間集計ですでに目標額を超え、硬かった香織の表情が少し砕けた。初日の御祝儀相場など当てにならない事は重々承知しているものの、先ずはひとつハードルを越えた喜びがあった。
 店のアウトラインを見届けてから幹部一行は夕方本社に帰って行った。閉店後、康祐が帰り仕度をしていると、後ろから父の忠雄が声を掛けてきた。
「康祐、お前のマンションに行くぞ」
 びっくりして振り返った。
「あれっ、帰ったんじゃなかったの?」
 幹部と一緒に帰ったと思っていた。
「業者と話をしていて遅くなった。明日帰る、早く連れて行け」
 父が先に歩き始めた。外に出て二人並んで御堂筋を歩く。紅葉にはまだ早い銀杏並木が街の灯りに反射して美しい。
「腹減った、何か食べよう」
 父が腹をさすった。
「居酒屋でいいかな」
 大阪に来てすぐに小沢が旨い惣菜を出す居酒屋に連れて行ってくれた。小沢も大阪にいる知り合いに連れて行って貰ったと言っていた。 通りから少し離れた路地にその店はあった。
「いらっしゃいませ」
 のれんをくぐると、五十前後の感じのいい女将の声が飛んで来た。カウンターとテーブル二脚だけの小さな居酒屋。並んで奥のカウンターに座った。
「何時ぞやもお越し頂きましたね」
 一度来ただけの康祐を覚えていたらしく、女将が愛想よく話しかけて来た。顔を覚えてくれていたことに悪い気がしない。 来客ありきの商売でいち早く顔を覚えることは大事なことだなと康祐は思った。
「ビールと何かつまむものを」
 おしぼりで手を拭きながら父が目の前の惣菜を見渡した。
「私、根室の出身でしてね、漁師をしている兄が、いい食材が上がった時に直送してくれるんですよ。今日は丸々と太った秋刀魚が届いたので刺身にしているんです。みりん干しもありますので召し上がってみて下さい」
 女将はビールを注いでから、秋刀魚の刺身と軽く炙ったみりん干しを手際よく並べた。
「おう、これは旨い」
 刺身を一口食べた父が声を上げた。臭みがなく脂の乗りも歯ざわりも抜群で、マグロの刺身に負けていない。甘辛く味付けされたみりん干しも、ホクホク、サクサクしていて実に舌触りが良かった。
「みりん干し旨いねえ、甘過ぎず辛過ぎず調味料の配分が絶妙だ」
 旨そうに食べる父に、
「冬になったら続々と美味しい魚が入りますので、よかったらまた食べに来て下さい」
 女将が嬉しそうに答えた。お腹が空いているのか父はよく食べよく飲んだ。
「意外と元気だね」
 康祐がからかう。
「元気じゃないよ疲れたよ。久し振りだよこんなに疲れたのは。蓋を開けるのが怖かったからね。駄目だったら潔く手を引けばいいと自分に言い聞かせながら、胸の奥では絶対成功させてやると思っている。矛盾しているんだよなあ。土壇場に来てこんな弱気になったのは初めてだよ、客が一人も来ない夢まで見るんだから」
 人前では常に堂々としている父が、どこか歯切れの悪い言い方をする。会社で見る父はその威厳さゆえ康祐でさえ声を掛けにくい。その父が、えらく近くに見えるのは何故だろう。
「でも今日は目標を達成出来て良かったじゃない」
「今日はね、勝負はまだまだこれからだよ。一ヵ月後に閑古鳥が鳴いていたらどうするよ」
「えらい弱気だね?いつもの親父らしくないよ」
「そうか、そうだな、俺らしくないな、歳のせいかな」
 父が照れくさそうに笑った。
「あの店はお爺ちゃんと親父が築き上げてきた土性骨の上に立ってんだよ、そうは簡単に崩れるはずがないって。僕も早く一人前になれるように頑張るからさ、それまでは最低でもあと十年、先頭で指揮してもらわなくちゃ」
 康祐は少しほっとした。父が本音らしきものを吐いてくれたことに嬉しさを覚える。康祐にバトンを渡すラインを父は探しているのかも知れなかった。
 それから父は今日に至るまでのいきさつをぽつりぽつり語り始めた。無理かも知れないと思っていた店が以外にも当たった事。反対に自信を持って出した店が、悪戦苦闘の末閉店せざるを得なかった事。夢中で駆け抜けてきた年月を振り返りながら、総じて満足気ではあった。
 会社にまつわる話は興味深い。父の歩いてきた道をやがては自分も歩く。常に姿勢を正し、ふいの状況にも決して慌てふためいてはならない。肩をいからせ、より自分を大きく見せることも大事だ。父に学ぶことはいっぱいある。父にとっての集大成ともいえる今回の事業に携われたことで、やっと父の背中が見えたような気がした。
 一通り食べ終えた頃、男女6人のグループが賑やかに入ってきた。常連らしく女将と親し気に挨拶を交わしている。狭い店がいっぱいなったので、
「出ようか」
 父はグラスに残っていたビールを飲み干すとゆっくり立ち上がった。勘定を済ませ、女将に見送られて店を出た。 タクシーに乗り込むと父は間髪を入れずに寝てしまった。酔いつぶれているのかと思いきや、マンションに着くとはっきりした足取りで歩き始める。散らかった部屋を見て別段何を言うでもなく、風呂から出ると康祐のベッドでさっさと眠ってしまった。 時間を無駄にしない人だなあ。感心しながら、ひとつ父の哲学を学んだ気がした。

 朝七時、簡単な朝食を作り始めた。不思議に疲れも眠さも感じなかった。すぐ後から父が起きて来て新聞を読み始めた。
「もっと寝てればいいのに」
 康祐が言うと、
「時は金なり、寝る時は思い切り寝て、起きる時はさっさと起きる」
 いつもの威厳のある声が返って来た。朝食を済ませ、後片付けをして家を出た。通勤には常時地下鉄を利用しているが、父が新幹線に乗る為に通りでタクシーを拾った。
 先に康祐が新橋交差点で降り、父はそのまま新大阪駅に向かった。一時間前に店に着いたにも拘わらず、香織も小沢もすでに来ていた。
「僕が一番だと思っていたのに」
 驚く康祐に、
「僕も一番だと思っていたのに、まだ早い人がいたんだ」
 小沢が香織を振り返った。
「家にいても落ち着かないのよ」
 ケースを乾拭きながら香織が苦笑した。 その日から暫く休みもないままひと月が過ぎ、その間驚くような成績は得られなかったが目標とされる売り上げには恵まれた。
 店の状態が落ち着いてオープンから初めての休みの日、康祐は夕方まで眠りこんでいた。目を覚ますと時計が四時を指している。一瞬、午前の四時かと思った。
 ベッドから這い出て冷凍ピザをレンジにかけ、新聞を見ながら焼けるのを待った。寝すぎたせいか頭が重い。ぼーっとした頭で活字が紙の上を滑っていく。新聞を読むのを止めてテレビをつけたら何年も前のドラマの再放送をしていた。途中からで筋は分からない。何となく見ていると水商売の女がやくざに暴行されているシーンが映し出された。時間にして僅か十数秒のシーンに、忘れていた記憶が蘇えった。誘拐された場所から逃げ出そうとして時沢に見つかり、見張りを怠った和音が時沢に暴行された時のこと。 ピザが焼けた音にも気が付かず、康祐はテレビの画面に見入ってしまった。店のオープンから一ヵ月、忙しくて和音のことは忘れていた。テーブルの上の携帯電話を掴み、一瞬迷ったが思い切ってボタンを押した。
「はい、あさひクリーニングです」
 電話の向こうで和音の声がした。
「あの菱木と申しますが」
 和音が出るのはわかっているのに、何故かうろたえた。
「はい、菱木さんですか。えっ?ああ、菱木さん」
 和音の方も驚いている。
「元気でした?」 
「ええ、元気です。お店の方どうですか?一度行かなくてはと思いながらちょっと行く勇気がなくて」
「そんな、気軽に来てくださいよ。実は今日ね、オープンしてから初めての休みなんです。ついさっきまで眠りこけていたんだけど、テレビを見ていてなんか和音さんのことを思い出しちゃって」
「えっ、やだ、どうして」
 遠慮がちに喋っていた和音が、急に砕けた言い方になった。
「和音さん今日の夜、何か予定ありますか?」
「えっ?何ですか?」
「予定がなかったら、晩御飯に誘いたいなあと思って」
「えっ、晩御飯?あたしと?」
 驚いた和音が、思わず聞き返した。
「都合が悪かったらいいんだけど」
「あ、いえ、全然悪くないです、あたしいつも暇です」
「じゃあ、八時過ぎにそっちに行ってもいいですか」
「あ、はい」
「じゃあ、あとで」
 電話を切ってジワっと汗が出た。電子レンジがピーピーと取り忘れのサインを送っている。慌ててピザ取り出し、そのままかぶりついた。お腹が空いているはずなのに何故か味が分からない。半分ほど食べたところで皿に戻した。
 最寄りの駅から歩いて10分。約束の八時過ぎに康祐は店に着いた。この間と同じ光景がそこにあった。店の前でしゃがんでいる和音と、和音の前でえさを食べている黒猫。康祐に気付いた和音が顔を上げたが、この前と違ったのは和音がにっこり笑って立ち上がったことである。
「こんばんわ」
 和音が、はにかみながら挨拶してきた。
「迷惑じゃなかった?」
「ううん、その反対、すごく嬉しい」
 答える表情が幼く見えた。
「おい、旨いか」
 黒猫に声をかけるが知らん顔をしている。
「食事中だから、声を掛けるなって言ってるの」
 愛想の悪い猫に変わって、和音が笑いながら答えた。
「晩だけなの?ここに来るの」
「そう、一日一回。体内時計があるらしく、いつも夜の八時頃」
「店が休みでも来るの?」
「うん、シャッターの前でじっと待ってる」
「そうか、そうだよな、こいつに定休日なんかある訳ないもんな」
「たまに来ない日があってね、何かあったんじゃないかと心配しちゃうの」
「ああ」
「それなのに、絶対触らせないのよ」
「ここに来る前に人間にひどい目に遭わされたのかも知れないな」
「うん、だから無理に触らないようにしているんだけどね」
 二人の会話を尻目に、缶詰を食べ終わった黒猫はさっさと何処かへ行ってしまった。皿を置きに入った和音が再び出てくるのを待って、
「駅前にさ、感じのいいレストランがあったんだけどそこでいいかな」
 康祐が話しかけた。
「ああ、店の前が花壇になっているところ?」
「そうそう、その店」
「でもあのお店何だか敷居が高そう。あたし、ああいう高級な店に行ったことないから」
 和音が心配そうに言うと、
「大丈夫だよ、見たとこ普通のレストランだったし、それにこっちは客なんだから小さくなる必要はないんだって」
 康祐が笑いながら答えた。
「じゃあ、そこで」
 少し下がって歩く和音に、康祐が振り向き加減で尋ねた。
「普段料理とかするの?」
「殆んどしない。近くにお惣菜やさんがあって大体そこで間に合わせてる。料理はあんまり得意じゃないし、変に作るとかえって高くついちゃうから」
「ああそうだよな、僕も自分では作れないからコンビニ弁当で済ましてる。あとは冷凍食品。冷蔵室はいつも空っぽなんだけど、冷凍室だけはいつも満杯なんだ」
 歩く速度を緩めて和音に並んだ。
「あ、うちの冷蔵庫、冷凍室が小さくて、製氷皿しか入らないの」
「へえそうなんだ、冷凍食品置けないのか」
 そういえば流し台の隅に小さな冷蔵庫があった。
「冷蔵庫の中は何が入ってるの?」
「卵とマーガリンと牛乳、あとちょっとだけ野菜」
「ビールは入ってないの?」
「ビールは入ってない」 
「ビールは必要だよ」
「ビール好きなの?」
「お茶がなくてもビールがあればそれでいい」
「いやだ、お茶とビールは全然違うよ」
 少し喋って落ち着いたのか、和音の表情が柔らかくなった。レストランにはすぐに着いた。入ってすぐ10メートル程が花壇になっていて、手前に季節の花、奥の方に観葉植物が植えられてあった。ドアを押して入ると中はゆったりとしたテーブル間隔になっており、高い天井から吊り下げられたシャンパンゴールドのシャンデリアが嫌味のない豪華さを演出していた。案内係に誘導され、花壇に面した窓際の席に座った。
「お勧めのコースはどれですか?」
 康祐が、オーダーを取りに来たウエイターに尋ねた。
「こちらがお勧めになっております」
 メニューを手で示しながらウエイターが答える。
「和音さん一緒でいいですか?」
 聞かれた和音が、
「はい」
 小学生のような返事をした。待つほどもなく食前酒が運ばれ、
「何に乾杯しようか、やっぱり再会に、かな」
 康祐がグラスを突き出した。和音が慌ててグラスを持ち上げる。一口飲んで和音がくくっと笑った。
「どうしたの?」
「なんかさ、ドラマみたいだなあって。ほら、恋人同士が何気なく乾杯するじゃない?あれみたいだなあと思って」
「ああ」
「でも残念なのは、恋人同士じゃないのよね」
「そんなことないよ、傍から見れば恋人同士に見えるかもしれない」
「やだ、そんな雰囲気じゃないよ」
「大丈夫、和音さん年より若く見えるし」
「何おべんちゃら言ってるのよ、あたしの年なんか知らないくせに」
「知ってるよ、新聞に出てたもの」
 一瞬、和音の動きが止まった。
「ごめん、余計なこと言っちゃって」
 康祐が慌ててグラスを置いた。
「あ、いえ、こちらこそごめんなさい。大丈夫、気にしないで。そうなの、あたし、今31なの」
 気を取り直した和音が笑って見せた。
「だから31には見えないってさ」
「有難う、素直に喜ぶことにする」
 軽く頷いて再びグラスを持ち上げた。ほんのり甘いシェリー酒。お酒を飲むのは何年振りだろう口当たりがよくて、鼻から香りが抜けていく。少しばかりお姫様になった気がした。
 前菜から始まり、スープ、魚介料理、肉料理、サラダ、ゆったりしたリズムで運ばれて来る。食材を生かした様々な食感に逐一舌が反応した。
「味どう?」
「すごーく美味しい」
 口をもぐもぐさせながら和音が嬉しそうに笑った。食事が中程まで進んだ時、
「あっ、そうだ、これ」
 左手の袖口をずらした和音の手首に康祐の渡した時計がはめられていた。
「時計屋さんでね、腕周りに合わせてコマを外して貰ったの。外したコマは財布に入れてお守りにしてる」
「へえ」
「流石に高級だね一秒の狂いもないよ、もう返さないからね」
 袖口を戻し、服の上からポンポンと叩いた。和音が店の状況を聞いてきた。
「うーん、可もなく不可もなくってところかな、まだ一ヶ月だからね、これからが勝負だよ。ほんと一度遊びに来てよ、別に買わなくていいんだからさ」
 康祐が言うと、
「そうなんだけどね、ああいう所に着ていく服がなくてね。綿パンにトレーナーじゃ、何だこいつって思われちゃうでしょ」
 和音が居心地悪そうに答えた。
「服なんか何だっていいよ、僕は服で人を判断したことなんて一度もないよ」
「分かってないなあ、服装で人に与える印象は全然違うんだよ」
 和音は言いかけて言葉を飲み込んだ。今着ている服も「あさひクリーニング」に持ち込まれたもので、預かり期間が過ぎても引取りがなく、処分される予定のものを譲り受けた物であった。さすがに自分の店で受けた物は元の持ち主と出くわすかもしれないので、他のチェーン店の物で気に入ったのを譲って貰っていた。ブランドの服もあるがそれに見合うバッグや靴がない。結局、当たり障りのないごく普通の服を選ぶことになってしまう。もとよりどこに出かける訳でもなく、身に合わない高級な服など着たいとも思わなかった。
「定休日、水曜だったよね。今度水曜日に休みを貰うことにするから、どこか遊びに行かない?」
 いきなりの誘いに和音が驚いて康祐を見た。
「もちろん綿パンとトレーナーでOKだよ」
「え・・」
「僕じゃダメ?」
「あ、あのう・・」
 和音は持っていたフォークを皿の上に置いた。
「あのう、あたし、物凄く嬉しいんだけど、こんな風に誘って貰うのはいけないんじゃないかと。だってあたしはあなたに酷い事したのよ、食事に誘って貰うだけでも何かおかしいと思うのに、遊びにだなんて・・」
 尻すぼみな言い方で下を向いてしまった。
「もう三年以上も経ってんだよ、今ではあの時のことは思い出すこともないんだ。それに和音さんは僕を助けてくれたんだ、和音さんのこと恨んだことないよ」
「あれはもう過ぎた昔の事なんだよ」
「この間和音さんに会った時、すごく懐かしい気がしたんだ」
「いつまでも気にすることないんだって」
「少なくとも僕は気にしていないよ」
「たまには外の光を浴びないと、体にカビが生えちゃうよ」
 立て続けの説得に、しかし和音は顔を上げなかった。
「じゃあさ、じゃんけんで決めようか?僕が勝ったらOK、和音さんが勝ったらこの話はナシってことでどう?」
「あのう」
「いいかい、行くよ、ほら、手を出して」
 康祐に促され、和音はぎこちなく手を上げた。
「ジャン、ケン、ポン」
 康祐のかけ声で和音がチョキを出した。明らかに遅れて康祐がグーを出した。完全な後出しにも拘わらず康祐がニヤッと笑った。
「勝ちましたね」
「出すの遅かったよ」
「そんなことないよ」
 和音の抗議は受け入れられなかった。
「では、休みが取れ次第連絡しますので、よろしく」
 康祐は涼しい顔でフォークを動かし始めた。姑息な手を使った康祐の気遣いは和音の胸に温かさを与えてくれた。瞼が熱くなった。最後のデザートからコーヒーまで出されたメニュー全部をお腹に収め満腹で店を出ると、
「ご馳走さまでした」
 和音が大きく頭を下げた。
「送っていくよ」
 先に歩きかける康祐に、
「ああ、いい、また戻らなくちゃならないから」
 和音が制止した。
「こんな距離、何でもないよ」
「ううん、ほんと大丈夫だから、一人でぼちぼち帰りたいの」
「そうか、じゃあここで」
「ご馳走さま、本当に有難う。誰かと食事をするなんて久しぶりだったから凄く嬉しかった」
「よかった。じゃあ、また」
 和音を見送ってから、康祐も駅に向かって歩き出した。